【概要】
義経千本桜は、兄の源頼朝に追われる源義経の都落ちを縦糸に、壇ノ浦で滅んだはずの平家の武将たちが生き延びていたという趣向で描いた全五段の時代物です。1747年に大坂の竹本座で人形浄瑠璃として初演され、まもなく歌舞伎にも移されました。物語の後半は吉野が舞台で、義経がかくまわれる川連法眼の館に、静御前の持つ初音の鼓を慕う子狐が現れます。
【歴史】
義経千本桜は、菅原伝授手習鑑の翌年にあたる1747年、同じ大坂の竹本座で初演されました。作者は竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作で、この三人の名は三大名作の三作すべてに並んでいます。歌舞伎にもまもなく移され、以後、狐忠信や平知盛の演じ方をめぐって代々の役者が工夫を重ねてきました。題名の千本桜は、物語の終盤の舞台となる吉野山の桜に由来するといわれます。
【特徴】
義経千本桜は、題名に義経の名を掲げながら、実際の主役は平知盛・平維盛・狐忠信の三人だといわれます。それぞれが中心となる渡海屋と大物浦、すし屋、川連法眼館の段は、通し上演でなくても単独で繰り返し上演されてきました。歌舞伎の川連法眼館は四段目の切にあたることから四の切とも呼ばれ、狐忠信が思わぬ所から現れる早替わりや宙乗りなど、けれんの演出で知られます。
【あらすじ】
平家を滅ぼした源義経は、兄の頼朝から謀反の疑いをかけられ、都を落ちて西国へ、さらに吉野へと逃れます。その道中、大物浦では入水したはずの平知盛が船宿の主人として、下市村のすし屋では平維盛が奉公人の弥助として、名を変えて生き延びていたことが明かされます。吉野の川連法眼の館では、家臣の佐藤忠信に化けていた子狐が正体を現し、親の皮で張られた初音の鼓への思いを語ります。
【トリビア】
すし屋の段で平維盛がかくまわれる店は、吉野川沿いの下市に実在するつるべすしの老舗がモデルとされ、維盛が名乗った弥助という名は、のちにすしを指す言葉としても使われるようになりました。奈良県吉野町にある吉野山の吉水神社には、義経と静御前が身を寄せたと伝わる部屋が残り、芝居の舞台となった吉野の山中で、義経千本桜の世界と義経伝説をたどることができます。
