歌舞伎の三大名作は、菅原伝授手習鑑・義経千本桜・仮名手本忠臣蔵の三作を指す呼び名です。いずれも1746年から1748年にかけて、大坂の竹本座で人形浄瑠璃として一年に一作ずつ初演され、竹田出雲・三好松洛・並木千柳らの合作として生まれました。まもなく歌舞伎にも移されて義太夫狂言の代表作となり、浄瑠璃の三大名作とも呼ばれます。250年以上たったいまも、文楽と歌舞伎の両方で上演が続いています。
A.いいえ、三作はいずれも大坂の竹本座で人形浄瑠璃として初演された作品です。まもなく歌舞伎にも移されて義太夫狂言の代表作となったため、浄瑠璃の三大名作とも呼ばれます。いまも文楽と歌舞伎の両方で上演が続いています。
A.三作は1746年の菅原伝授手習鑑、1747年の義経千本桜、1748年の仮名手本忠臣蔵の順に、一年に一作ずつ初演されました。いずれも合作で、竹田出雲・三好松洛・並木千柳の三人の名は三作すべてに並んでいます。菅原伝授手習鑑には、この三人に竹田小出雲も加わっています。
A.菅原伝授手習鑑の題名は、菅原道真が書道の奥義を元の弟子の武部源蔵に授ける筆法伝授の段に由来します。義経千本桜の千本桜は、終盤の舞台となる吉野山の桜に由来するといわれます。仮名手本忠臣蔵の仮名手本は、いろは四十七文字の手習いの手本を四十七士になぞらえたもので、忠臣蔵には忠臣の蔵と内蔵助の名が掛けられているといわれます。
A.菅原伝授手習鑑は道真の配所となった筑紫を描き、福岡県太宰府市の太宰府天満宮に伝わる飛梅の伝説を織り込んでいます。義経千本桜は物語の後半が奈良県吉野町の吉野山を舞台にしています。仮名手本忠臣蔵の四段目の城明け渡しは兵庫県赤穂市の赤穂城の開城を下敷きにしていますが、芝居では塩冶判官の城として描かれます。
A.義経千本桜は題名に義経の名を掲げながら、実際の主役は平知盛・平維盛・狐忠信の三人だといわれます。三人が中心となる渡海屋と大物浦、すし屋、川連法眼館の段は、単独でも繰り返し上演されてきました。川連法眼館は四の切とも呼ばれ、早替わりや宙乗りなど、けれんの演出で知られます。