【概要】
愛媛県宇和島市にある城。築城の名手・藤堂高虎が築いた。不等辺五角形の縄張りが特徴で、敵に四角形と錯覚させる工夫が凝らされている。
【歴史】
築城の名手として知られる藤堂高虎によって慶長元年(1596年)に築かれました。その後、伊達政宗の長男・伊達秀宗が入城し、宇和島伊達家の居城として栄えました。現在の天守は、二代藩主・宗利によって寛文6年(1666年)頃に建て替えられたものです。明治以降も伊達家の所有でしたが、昭和24年に市に寄贈されました。戦火を逃れ、往時の姿を今に伝えています。
【特徴】
最大の特徴は、藤堂高虎による巧みな「縄張り(設計)」にあります。城郭が空から見ると「不等辺五角形」になっており、攻め手からは四角形に見えるように錯覚させ、死角を作って攻撃を防ぐ高度な工夫がされています。天守自体は三層三階で、装飾性の高い唐破風や千鳥破風をバランスよく配置した、白亜の優美な外観をしており、実用性の中に格式の高さを感じさせます。
【見どころ】
標高約80メートルの丘の上にあり、天守からは宇和島の市街地と宇和海、鬼ヶ島などの島々が一望できる絶景スポットです。城山の植生は非常に豊かで、400年以上火災に遭っていないため、巨木や珍しい植物が多く残る自然の宝庫でもあります。また、麓に現存する「上り立ち門」は、現存する城門としては最大級の薬医門であり、一見の価値があります。
【トリビア】
宇和島伊達家は、仙台伊達家の分家にあたりますが、別家として非常に格式が高く扱われました。幕末の四賢侯の一人、伊達宗城(むねなり)もこの城の主でした。彼は蒸気船の建造など進取の気性に富んだ人物で、宇和島を近代化へ導きました。城への登り口には「井戸丸」と呼ばれる大きな古井戸跡があり、当時の生活や伝説を感じることができます。
📅 最終更新: 2026/1/21


