📍 東京都 台東区🏯 歴史🎭 文化📦 その他

【概要】

台東区と荒川区にまたがる地域。かつては「寄せ場」として多くの労働者が集まりましたが、現在は簡易宿泊所が外国人バックパッカー向けのホステルへと転用されるなど、国際的な安宿街として知られるようになっています。「あしたのジョー」の舞台としても有名です。

【歴史】

山谷は、東京都台東区の清川・日本堤・東浅草を中心に、橋場や荒川区南千住までを含む一帯の通称です。江戸時代には日光街道と奥州街道が通り、千住宿の手前にあたることから素泊まりの木賃宿が集まっていました。近くには小塚原の刑場や、遊女を葬った浄閑寺があり、山谷堀は新吉原へ通う舟の道でもありました。地名としての山谷は昭和41年(1966年)の住居表示で消えましたが、呼び名は今も残っています。

【特徴】

東京大空襲で焼け野原となった後、戦後復興と高度経済成長にともなって多くの労働者が流入し、簡易宿泊所が建ち並ぶ寄せ場となりました。昭和38年(1963年)には222軒の簡易宿泊所におよそ1万5000人が寝泊まりしていたとされます。その後は労働需要の減少と住民の高齢化が進み、現在はおよそ3000人が暮らし、その多くが生活保護を受けているといわれ、福祉の色合いが濃い街へと変わりました。

【見どころ】

山谷は浅草や上野に近く、交通の便がよいうえ宿泊費が安いことから、簡易宿泊所を改装した外国人旅行者向けのホステルが増え、安宿の街として定着しています。英語の看板やしゃれたカフェも見られ、往時とは異なる表情を見せます。かつて労働者が仕事を待った泪橋の交差点や、街おこしに取り組むいろは会商店街を歩けば、この街がたどってきた時代の移り変わりを肌で感じ取ることができます。

【トリビア】

この街は漫画『あしたのジョー』の舞台として広く知られ、主人公が身を寄せた丹下拳闘クラブは泪橋のたもとに設定されています。泪橋はかつて江戸の境にあり、小塚原の刑場へ引かれる者が家族と最後の別れを惜しんだ場所と伝わり、その名の由来になったといいます。橋自体は埋め立てられて今は交差点の名に残り、平成23年(2011年)の映画公開を機に地元の街おこしも進みました。

📅 最終更新: 2026/9/7
山谷
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です