【概要】
弘福寺は奈良県明日香村にある寺院で、日本三大寺の一つ。かつての川原寺跡地に建てられ、川原寺は飛鳥時代に天智天皇が母・斉明天皇の菩提を弔うために創建した大寺院であった。現在は小規模ながら、塔跡の礎石など往時の壮大さを偲ばせる遺構が残る。
【歴史】
弘福寺は奈良県明日香村にある真言宗豊山派の寺院で、飛鳥時代の大寺・川原寺の跡地に建っています。川原寺は斉明天皇の川原宮の跡に、天智天皇が母の菩提を弔うために創建したとされ、飛鳥寺、薬師寺、大官大寺とともに飛鳥の四大寺に数えられました。天武天皇の時代には日本で初めて一切経の書写が行われた寺として記録されます。平安時代には空海に下賜され、以後は真言宗の寺となったと伝わります。
【特徴】
昭和32〜34年(1957〜59)の発掘調査で、川原寺は塔と二つの金堂を配する「一塔二金堂式」の左右対称の伽藍配置だったことが判明し、川原寺式伽藍配置と呼ばれます。中金堂跡には瑪瑙とも呼ばれる白い大理石の礎石が28個残り、他の寺院には例のない豪華さで知られます。弘福寺の本堂はこの中金堂跡に建ち、飛鳥の四大寺の遺構のうえに今も法灯を継ぐ寺として、跡地全体が国の史跡に指定されています。
【見どころ】
弘福寺の境内では、塔跡や西金堂跡の礎石、回廊の基壇が整備され、大寺の規模を歩いて実感できます。本堂には持国天・多聞天像など重要文化財の仏像が伝わります。境内で行われる写経体験は、日本で最初に一切経が書写された寺という由緒にちなむものとして人気があります。道路を挟んだ南には橘寺があり、聖徳太子生誕地の伝承をもつ古刹と対をなす飛鳥の名所として、あわせて巡ることができます。
【トリビア】
川原寺は飛鳥時代の大寺でありながら、平城京遷都のとき他の大寺と違って移転せず飛鳥に留まりました。このため次第に衰え、建久2年(1191)の火災で伽藍の多くを失ったと伝わります。昭和49年(1974)の裏山の発掘では、火災の際に廃棄された大量の塑像や塼仏がまとまって出土し、川原寺裏山遺跡として知られます。日本三大寺に弘福寺が挙げられるのは、川原寺の官寺としての格を受け継ぐためとされます。

