東国三社は、茨城県の鹿島神宮と息栖神社、千葉県の香取神宮を指す呼び名です。いずれも記紀の国譲り神話の神々を祀り、かつて内海だった利根川下流域に鎮座することから、古くから一体の聖地として語られてきました。江戸時代には利根川の舟運が発達し、伊勢神宮から無事に帰れたことを感謝する「お伊勢参りの禊の旅」「下三宮巡り」として三社詣でが大流行しました。三社を線で結ぶと直角二等辺三角形になるという俗説も知られます。
A.三社とも記紀の国譲り神話にかかわる神々を祀っています。鹿島神宮は国譲りの交渉で活躍した武甕槌大神、香取神宮は経津主大神を御祭神とします。息栖神社の主神は道の分かれ目を守る岐神で、国譲りの神話で使者を運んだ船を神格化した天鳥船神と、住吉三神を配祀しています。
A.江戸時代に利根川の舟運が発達したことが背景にあります。伊勢神宮から無事に帰れたことを感謝する「お伊勢参りの禊の旅」「下三宮巡り」として三社詣でが大流行しました。息栖神社のそばの息栖河岸も参詣の人々で賑わいました。
A.三社を線で結ぶと直角二等辺三角形に近い形になるといわれますが、社伝に基づくものではなく俗説です。直線距離は鹿島神宮と息栖神社、香取神宮と息栖神社がともに約9km、鹿島神宮と香取神宮が約13kmで、直角の頂点にあたるのが息栖神社だとされます。
A.延喜式神名帳(927年)で「神宮」と称されたのが、伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮の三社だけだったためです。両社はともに神武天皇の時代の創建と伝えられ、朝廷から特別な扱いを受けて崇敬されてきました。本殿や楼門はどちらも国の重要文化財に指定されています。
A.鹿島神宮の要石は、地中深くで暴れる大鯰を押さえつけて地震を鎮めるとされる石です。香取神宮にも鹿島神宮と対になる「要石」が鎮座しています。鹿島神宮の境内には、1日に40万リットル以上の湧き水が湧く御手洗池もあります。