履中天皇陵古墳

(りちゅうてんのうりょうこふん)
📍 大阪府 堺市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

履中天皇陵古墳は大阪府堺市にある日本第3位の大きさを誇る前方後円墳で、日本三大古墳の一つ。全長約365m、宮内庁により履中天皇陵に治定。百舌鳥古墳群の一つとして2019年に世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」に登録された。

【歴史】

履中天皇陵古墳は、大阪府堺市にある全国第三位の規模を誇る前方後円墳で、宮内庁により仁徳天皇の皇子とされる履中天皇の陵墓に治定されています。上石津ミサンザイ古墳や石津ヶ丘古墳とも呼ばれ、築造は五世紀の前半で、百舌鳥古墳群のなかでは最も早い時期に造られた大型古墳と考えられています。二〇一九年には百舌鳥・古市古墳群の構成資産として、ユネスコの世界文化遺産に登録されました。

【特徴】

墳丘の全長は約三六五メートル、後円部の直径は約二〇五メートルで高さは約二七・六メートル、前方部の幅は約二三五メートルで高さは約二五・三メートルあり、三段に築かれています。墳丘の保存状態はよく、前方部が大きく開いた均整のとれた形をとどめています。かつては二重の濠が巡っていたことが発掘調査で確認されており、周囲には十基ほどの陪塚を従えていたとされ、被葬者の格の高さがうかがえます。

【見どころ】

南側の拝所からは、大きく開いた前方部を間近に見上げることができ、履中天皇陵古墳の伸びやかな姿を実感できます。濠に沿った東側には遊歩道が整えられており、水面越しに三段に積まれた墳丘を眺めながら歩けます。北隣に広がる大仙公園にも、見晴らしのきく高台が設けられています。濠の水面には水鳥が集まり、春には周辺の桜が一斉に咲きそろって、散策路は花見の人でにぎわいます。

【トリビア】

陪塚の一つだった七観山古墳は土取りによって削られ、もとの姿を失ってしまいましたが、その跡地には古墳を模した築山が造られており、頂に登ると、濠に囲まれた墳丘の深い森をよく見渡すことができます。規模では三番目ながら、百舌鳥古墳群のなかでは築造の時期が最も古く、この地に大王の墓が次々と営まれていく出発点となった古墳として、考古学の上でも重視されています。

📅 最終更新: 2026/9/6
履中天皇陵古墳
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です